<増田明美さんインタビュー>旧岬町の野山が原点 千葉で育った時間「宝物」 成田高で新記録も「燃え尽きた」

日本ID陸上競技選手権の開催意義を語る日本パラ陸連会長の増田明美さん=3日、東京都内
日本ID陸上競技選手権の開催意義を語る日本パラ陸連会長の増田明美さん=3日、東京都内

 13日に千葉県総合スポーツセンターで第26回日本ID陸上競技選手権(千葉日報社後援)が開催される。主催する日本知的障がい者陸連会長の増田明美さん(58)=いすみ市出身=が千葉日報社の単独インタビューに応じ、陸上選手として活躍した成田高時代などを「思春期に過ごした宝物の時間」と懐かしそうに振り返った。

 成田高では3000メートルや5000メートルなど多くの長距離種目で日本記録を更新。全国レベルの選手が集まる強豪校で下宿生活を送り「練習が終わってもみんなこっそり練習。緊張がほどけることがなかった」と述懐する。増田さんが過ごした部屋は後に室伏広治スポーツ庁長官(47)も使用したという。

 成田高卒業後は「あまり環境を変えたくなかったので」と同じ県内の川崎製鉄千葉(現JFE)で競技を継続。1984年のロサンゼルス五輪はマラソンで出場したが、無念の途中棄権だった。当時について「厳しい高校時代で燃え尽きてしまった感じがあった」と明かした。

 旧岬町の農家に生まれ育った。自宅裏の山を駆け回るなど自然豊かなふるさとが現在の明るい人柄を形成したと言い「あの環境 ・・・

【残り 433文字、写真 1 枚】



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