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出会いが運を呼ぶ 自分の能力補う人の縁 実学が拓いた軌跡 商大出身者の挑戦(第2回) 日本橋五の部連合町会 髙橋 伸治 会長 【千葉商科大学創立100周年記念特別企画】

 千葉商科大学は、実社会に資する「実学」を礎に、高い倫理観と大局的視座を備えた「治道家」の育成を建学の理念としてきた。本企画では、その理念を胸に刻み、実業の現場において社会と真摯に向き合ってきた卒業生の軌跡を紹介する。学びはいかに仕事と結びつき、一人ひとりの道を拓いてきたのか。1977(昭52)年に同大学を卒業し、東京都の区議会議員を経て、現在は浜町を中心とした日本橋五の部連合町会会長を務める髙橋伸治氏に話を伺った。

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自身の半生を語る髙橋伸治会長

 卒業生には母校の建学の精神を体現し、自治体の議員や首長として活躍する地域のリーダーが大勢いる。その一人、髙橋伸治さん(72)は長年、東京都の中央区議会議員を務め、2008(平20)年に日本橋地区の10町会で構成される日本橋五の部連合町会会長に就任。2023(令5)年には中央区地域町会連合会会長も務める。アパレル業界のトップ営業から政治家に転身し、地域おこしやまちづくりに半生をささげてきた、その足跡をたどる。

アパレルトップ営業に

 父親を生後47日で亡くし、日本そば屋を営む母親一人に育てられた髙橋さんは、1977(昭52)年に大学を卒業し、大手アパレル企業のオンワード樫山に入社した。千葉営業所に配属され、背広の外販を担当。企業を回り、直接顧客と話しながら注文を取る営業職としてスタートしたが、当時の業界で主流だった会社の営業手法とは相いれなかった。「企業で展示会を開いて製品を提案していくやり方では服は売れない」と感じ、早々に個人の紹介営業にシフト。顧客の満足度を上げて、その顧客が新たな客を紹介してくれるというスタイルを2年半続け、営業成績は常に社内でトップ。「スーツを1カ月に30~40着も売ればいいわけだから」と、ことも無げに笑う。

国会議員の秘書に転身

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選挙カーから有権者に訴えかける選挙期間。2回目からトップ当選

 その紹介営業で、自民党の鳩山邦夫衆議院議員の秘書宅を訪ねると、「鳩山代議士に会ってくれないかと言うので議員会館の鳩山氏の部屋へお邪魔したら、背広は売れなかったが私を買ってもらった」。明日から、うちに来て秘書をやらないかとスカウトされたのだ。

 その頃すでに、会社の営業手法に疑問を抱いていた。いずれ実家に戻ってそば屋を継いでくれると期待していた母親は、議員秘書ならその可能性があると思ったか大賛成。会社も円満に退社し、鳩山邦夫事務所で秘書として働きはじめた。

 10代の頃、千人の子分を従えた主人公が大暴れする本宮ひろ志の漫画「男一匹ガキ大将」に影響を受けた髙橋さんは、友達を千人作りたいと夢を抱いた。議員秘書となり、さまざまな場面で地域の人たちと話す機会が増え、目標に直結する世界が眼前に開けた。

秘書から区議会議員へ

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故・鳩山邦夫代議士(右)の応援演説を受ける駆け出しの頃(左)

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当選しダルマに目玉を入れる議員時代

 3年後、地域の支援者らに勧められ、中央区の区議会議員選挙に立候補。3位で初当選を果たし、29歳で秘書から政治家へ。以来8期32年にわたって区議会議員を務めた。「議員になったら、地域をよくしていくことが最優先」。髙橋さんはまず、中央区の有力者400人のもとへ毎月必ずあいさつに通い、2度目の選挙ではトップ当選。その後の選挙も連戦連勝し、以降、全国最年少で区議会自民党の幹事長を務め、区議会議長も歴任する。

 しかし2010(平22)年、師匠である鳩山邦夫代議士が突然、自民党を離党。そこからの4年は鳩山氏の応援をしながら、無所属で区議会議員を続けた。2015(平27)年、髙橋さんは無所属のまま中央区長選挙に立候補。「現職から頼まれ、やりますと答えただけ。しかし、後から現職も出馬し、あっけなく惨敗」。それを機に、いさぎよく引退した。「今回の結果は自分の時代遅れと感じていて、次の人生を歩みたい」と、政界からきっぱり足を洗う。

唯一無二のまちづくり

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日本橋浜町で古くから続く祭りで、みこしを担ぐ。地元とのつながりを大切にしてきた

 その後は、日本橋五の部連合町会の会長を務め、浜町の未来を担う若い世代の育成に力を注いだ。「かつての大名屋敷の跡地に広範な土地所有者がいる浜町を大手不動産会社が大規模開発したが、うまくいっていないと相談を受けた」。2020(令2)年、髙橋さんの想いから、一般社団法人日本橋浜町エリアマネジメントが設立された。

 以来、浜町では本当の意味で街全体の魅力を上げるための仕組みづくりを続けている。「事業者、企業、小売店を中心とした商店主と住民、この三つがバランスよく1対1対1で成り立っている。新たな取り組みを認めようという地域性が浜町にあるからこそ」と明言。髙橋さんが構築した、企業と連合町会(地域)、双方が求めることと問題点をぶつけ合う仕組みが街の魅力となり、国内唯一といわれるエリアマネジメントのあり方が実現した。「地域を発展させるこのやり方が、スタンダードになっていってほしい」と展望する。

これからを楽しみたい

 母校の同窓会長に就任すると、長年培ってきた信念が輝きを増す。社会の多方面で活躍する同窓会員が続々と現れ、さらに横のつながりが広がっていく。「運を運んでくるのは、新しい人との出会いだけ。その運を吸収できれば、新しい運が育ってくる」。

 今も地域のために奔走する一方、今後への想いもある。「若い時に議員になり、365日24時間の仕事で家族にも迷惑をかけた。ここからは家族との時間を増やし、地域や大学との関係とバランスを取って、これからの人生を楽しみたい」という笑顔は穏やかだ。

 後進へは「社会に出たら、新しい力を付け加えていくこと。自分の能力が全てではない。料理なら、素材は自分でいくらでも選べるが、ちょっとしたトッピングをする力は周りが与えてくれる。それが料理を何倍もおいしくすると知ってほしい」と呼びかけた。

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住民とともに自ら立ち上げた3月の防災イベントに参加する現在の髙橋会長

髙橋 伸治
1977(昭和52)年3月卒業

たかはし しんじ 1954(昭和29)年4月、東京都江戸川区に生まれる。千葉商科大学卒業後、オンワード樫山で営業職を経て1980(昭和55)年に衆議院議員鳩山邦夫秘書、1983(昭和58)年に東京都中央区議会議員初当選。以来32年間、区議会議員を務める。2015(平成27)年に中央区長選挙に立候補、落選して政界引退。1989(平成元)年に浜町二丁目金座町会会長、2008(平成20)年に日本橋五の部連合町会会長、2023(令和5)年に中央区地域町会連合会会長。2020(令和2)年から千葉商科大学同窓会会長・千葉学園理事を務める。