スピードスケートの団体追い抜きは、とても美しい種目だ。スケーター3人が隊列を組んで滑らかに滑走する。日本女子は出場チーム中、最もきれいな滑りで五輪連覇に迫った。カナダとの決勝では残り半周までリードしていたが、最終カーブで暗転。連続金メダルまで残りわずかの地点で隊列が初めてほころび、銀メダルに終わった。それでもエース高木美帆は今大会3個目のメダルで通算6個、夏季五輪を含めても日本女子で単独最多のメダルコレクターとなった。
▽「集団の躍動美」で先行
スポーツで美しさを競うのは体操やフィギュアスケートなどの採点競技に多い。技の表現の仕方で勝敗が決まる。スピードスケートは、陸上のトラック種目や競泳などとともにゴールタイムで相手を上回ることが全て。美しさは勝負の決め手ではないが、スピードを補完する。
団体追い抜きでは、隊列を縦のラインにそろえ、腕の振りや脚の運びを合わせて滑走する。選手が受ける空気抵抗を削減して速度低下を抑えるためだ。風をまともに受ける先頭選手の疲労を回復させる先頭交代でも、速度ロスのないよどみなさが必要だ。
前回の平昌大会で「一糸乱れぬ隊列」を習熟して金メダルを獲得した日本は、整然としたラインにさらに磨きをかけた。一般のファンには4年に一度の五輪でしかテレビ観戦する機会がないだろう。久しぶりに見た「集団の躍動美」にあらためて心を揺さぶられた人が多くいたはずだ。
決勝で日本はスタートから隙のない隊列を組んで序盤から先行した。最初の1周(400メートル)で1秒05もカナダに先行し、その後も安定したラップでリードを守った。先頭交代もスムーズで死角はないように見えた。
▽究極の戦術、最終カーブで暗転
戦い方は平昌以降、さらに多様化した。隊列の組み方、先頭交代の方法など新たな戦術を各国が導入して北京大会を迎えた。先頭交代は1回やるたびに0秒2のロスが出るという。日本も試行錯誤した。先頭交代の回数を減らしたり、3人が手をつないで前の選手が引っ張ったり、後ろの選手が押したりする走法も試した。
決勝では最も安定している戦術を採用した。エース高木美帆、佐藤綾乃、高木菜那の並び順や先頭交代の回数3度は、金メダルだった前回と同じだった。チーム戦略をさらに高めるため、隊列では前後の間隔を近づけ、さらに空気抵抗の削減を図った。
連覇に向けたミッション完遂を誰もが疑わなかった。それでも周回を重ねた選手たちは、後半に強いカナダに重圧を感じていたのではないか。リードは保っていたもののその差は徐々に詰まっていた。残り半周(200メートル)地点で0秒32差。最後までペースを落とせない僅差だった。
ラスト100メートル付近の最終カーブでアクシデントは起きた。最後尾の高木菜那が前の佐藤との接触を避けようとしたのか、バランスを崩して転倒した。この最終盤、日本の2番手、3番手は前の選手を手で押す周到さだった。極限まで選手間の距離を縮めた戦術は、もろ刃の剣でもあった。
▽高木姉妹のメダルコレクション
ゴール直後に泣き崩れた姉の菜那を、2歳年下の妹、美帆が慰めていた。「転ばなかったら、優勝できたかも」と涙が止まらない姉。妹は「後半の(際どい)戦いになる前に、(先頭で)もっと自分がチームにリズムをつくる方法があったのではないか」とエースの責任を口にした。
姉妹は多くの名スケーターを輩出した北海道十勝地方の出身。スケートを始めた姉を追って、5歳からリンクに通い始めた妹は、子どもの頃から天才少女だった。姉よりも先に中学3年生で2010年バンクーバー大会に出場。当時の菜那は「高木美帆のお姉ちゃん」と呼ばれることが多かった。
姉妹そろって初めて出た18年平昌大会では、美帆が金(団体追い抜き)銀(1500メートル)銅(1000メートル)と3個のメダルを獲得。菜那も団体追い抜きとマススタートで金メダル2個に輝き、妹に負けない結果を残した。
美帆は今大会、500メートル、1500メートルに次ぐ3個目の銀。通算6個は冬季五輪の日本選手では男女を通じても最多だ。菜那の涙の銀も彼女にとっては通算3個目。歓喜のメダルもあれば、悔しいメダルもある。高木姉妹のメダルコレクションがどんどん増えていく。(共同通信・荻田則夫)
