むっとする夏の昼下がり、白くなった大きなかやぶき屋根のカヤの匂いを夏風がはこび、百日草が群生する広い庭いっぱいにただよっていた晩夏。戦後の貧しい時代であったが、今と違って心豊かな四季もあった。そんな民家で育ってきたわたしは、郷愁にもにてその思いはいまだに濃く心に残っている。こうした暮らしを知る人も少なくなっていき、民家も次第に姿を消していくむなしい時代になった。
特に雨あがりのかやぶき屋根は、あたりがぱっとにおいたつ独特なカヤの匂いがうれしい。匂いは見えないけれど匂うカヤは官能に直接しみて、心の底がみたされて好きであった。とり返しのつかない悠遠な夏の日の記憶をたぐるようにして思い出している。
こうしたかやぶき屋根の骨組みは原理的...
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