長さ約1メートル×約54センチのシルバーの金属板。両端には取っ手のようなものが付いている。かなり重たい。
太平洋戦争末期、日本が制空権を失うと米軍による本土爆撃が本格化する。千葉県は東京方面への爆撃機が往復する経路上にあるため空襲を多く受けた。
東海村(現市原市廿五里、野毛、町田、海保、島野、飯沼地区)の役場日誌に当時の様子が克明に記されている。戦後、軍の指示で多くの公文書が処分された中で残る貴重な史料。終戦する1945年の1~8月に同村周辺で発令され...
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